ビバラの運営をして思ったこと

 運営、なんて大層なタイトルをつけてしまったが、正しくはボランティアスタッフの端くれである。日本中が令和フィーバーに沸く中、さいたまスーパーアリーナで4日間にわたって行われた屋内型邦楽ロックフェス“VIVA LA ROCK”にスタッフとして参加した。申し遅れました、3年のながむらです。

 ある日Twitterで“VIVA LA FORCE”と銘打たれたボランティアスタッフを募集していたのを見つけ、即座に応募したのである。さいたまスーパーアリーナが実家から電車で15分ほどの距離であることと、僕の好きなメジャーどころの邦ロックバンドが揃っていたことが応募の決め手となった。

ジャンルごとに固まっているのがビバラの特徴

黒ぶちメガネのおじさん

 4月上旬、はじめての全体ミーティングが行われた。ドキドキしながらスーパーアリーナ内の会議室に向かうと、同じくスタッフに応募したであろう人達が通路に並んでいた。若い女性が多く、格好も様々だった。SiMの真っ黒いロンTを着ている女性もいた。ミーティングにSiMのロンT、主張が強い。会議室内に通され、運営会社の中枢スタッフと向き合う形で着席した。その中央に座っている黒ぶちメガネのおじさんに見覚えがあったが、どうにも思い出せなかった。

 ミーティングがはじまり、会議室に緊張が張り詰めた。「それでは鹿野さん、お願いします」そう言われ、中央のおじさんが立ち上がった。アハ体験の瞬間だ。脳活性化だ。中央に座っていたのはおじさんではなく、元『ROCKIN‘ON JAPAN』編集長であり現『MUSICA』編集長、株式会社FACT社長の鹿野淳さんだった。おじさんとか言ってごめんなさい。立ち上がった鹿野さんは、ビバラが産まれた経緯やその理念について事細かに我々に教えてくれた。

左が鹿野さん54歳。おじさん史上一番かわいい顔をしている

VIVA LA ROCK、開幕

 前置きはこのぐらいにして、そろそろ本番のことについて。全体で50人ほどのボランティアスタッフは業務ごとにいくつかの班に分けられ、私は会場を歩き回ってパトロールなどをする班に入った。“CREW”と背中にでかでかと刻まれたスタッフTシャツを身につけ会場を歩くのはとても気持ちがいいし、身が引き締まる。本番初日、開場前のがらんとした広大なアリーナ内ではトップバッターのアーティストがリハをしていたり警備スタッフが最終打ち合わせをしていたりと、皆が4日間続くビバラの幕開けに備えていた。

 開場しライブが始まると、2万人を超える人々の動きによって会場や導線の色んな問題点が浮かび上がってきた。ビバラの凄いところは、それらの問題点をすぐに改善してしまうところだ。我々ボランティアスタッフ、いわば下っ端のひと声によって上層部がすぐに動いてくれて、その度にビバラがどんどん良くなっていく。この規模のフェスでのあのスピード感あふれる対応を目の当たりにして感激すると同時に、各スタッフの柔軟性と判断力に脱帽した。

 また、小さな子どもを連れた人が多くいたのも印象的だった。各ステージにはキッズ&車いすエリアという少し高台になったエリアが設けられていて、子ども連れや体の不自由な人も安全にライブを楽しめるよう配慮されていた。ライブシーンで近年多く見られるようになった、爆音から耳を守るイヤーマフもそのエリアに設置されていて、配慮が行き届きまくっていることを感じた。イヤーマフをした子どもたちが演奏に合わせて飛び跳ねるその姿はとても微笑ましく、彼らの人生に大きく影響するであろうこの経験を与えてくれるビバラの配慮は本当に素晴らしいと思う。音楽を楽しむことに年齢制限はないし、むしろ小さいうちから良い音楽を楽しめる環境づくりを進めていくべきだと思うので、この環境がどんどん普及していってほしい。

子ども用オリジナルイヤーマフ。販売もされている

 2日目あたりから業務内容が増え、ビバラの公式アプリを運営するGYAO!のチームと連携することになった。その際に組んだLINEグループの中に、知っている名前があった。今年GYAO!に入社したTMPのOGの先輩がいたのである。世界は狭い。まったく別の方向からビバラに2人のTMPが関わっていた。お客さんとしても6,7人のTMPメンバーが来ていたので、今年のビバラはTMPのおかげで成り立っていたといっても過言ではない。いや、過言か。

音楽の宴

 スタッフとして入っていたのでライブをがっつり見ることはできなかったが、それでも4日間に出演した総勢97組のライブのほとんどを体感できたのはとても貴重な経験になった。耳に入ってくるあの曲やあの曲に心躍らせながら、何とかこらえて真顔で会場を歩いた4日間だった。iPhoneの歩数計は毎日4万歩以上を刻んでいた。個人的に漠然と「スゲーな」と感じたアーティストをあげるとしたら、THE ORAL CIGARETTES, King Gnu, UVERworld, 打首獄門同好会, SiMといったところだろうか。あとCHAIが歌う「銀河鉄道999」もめちゃめちゃ良かった。SHISHAMOのライブ中に、隣のステージの脇でKANA-BOON谷口鮪がライブの様子を眺めていたのも印象的だった。フェスならではの光景である。

 最終日の大トリ、東京スカパラダイスオーケストラのライブは観ることが許され、ボランティアスタッフみんなで集まって5階の特等席から観ることとなった。04 Limited SazabysのGENや10-FEETのTAKUMAなど錚々たるメンツがゲストボーカルとして次々と現れ、スカパラの演奏との重厚なコラボを連発していく。終盤にはその日出演したアーティストが大集合し、ステージの端から端まで埋め尽くされる夢のような光景が広がっていた。そんな中始まった“All Good Ska is ONE”は、全音楽好きがうなる垂涎ものだった。ステージのアーティストもアリーナの観客も肩を組みひとつになっている光景に、涙を浮かべるスタッフもいた。さらにそんな光景を祝福するかのように2万個のカラフルな風船が頭上から舞い降りていく。実はこの風船もスタッフがつくりあげたものであり、達成感と多幸感があふれる何とも言えない光景がスーパーアリーナを埋め尽くしてビバラの終幕を告げていた。

いいとも最終回に匹敵する大集合っぷり

終幕、打ち上げへ

 終演後、スーパーアリーナ内でボランティアスタッフの打ち上げが行われた。班のみんなで、なんとなく聞かずにいたお互いの年齢を発表し合った。「受験生です」「高2の17歳です」。。。震え上がった。ほとんどが私より若かった。なんなら同じ班の約半数が女子高生だった。JKと仕事してたのかよ、と驚愕すると同時に、今どきのJKは大人っぽいなぁと謎の結論に至る21歳男性だった。

20歳以上のスタッフにはお酒も振舞われたので、同い年で仲良くなったヒロサワくんと一緒にめちゃめちゃ飲んで、めちゃめちゃ酔った。普段は真面目なヒロサワくんの酔いっぷりが面白く、めちゃめちゃ笑った。その様子を見てた高校生たちにめちゃめちゃ笑われた。幸せな空間だった。そんな中、別会場での打ち上げでこちらも完全に出来上がった千鳥足の鹿野さんが現れた。すると鹿野さんのもとに列ができて、「ミート・ミッキー」さながらの撮影会が始まったのだ。酔っていた私も列に並び、真っ赤な鹿野さんと写真を撮ってもらった。最高の笑顔の鹿野さんとの2ショット、宝物である。

酔っ払い×酔っ払い

 TMPと同じで、音楽が好きという理由で集まったVIVA RA FORCEは、とても居心地のいい空間をもたらしてくれた。応募したときには完全に一人だったが、今でも連絡を取り合うような友人ができたし、色んな人とフェスで会って乾杯する約束もできて、結果的に良いことしかない重厚で貴重な4日間だった。音楽の素晴らしさ、スタッフの若さ、お酒の怖さを知ったVIVA LA ROCKだった。

文責:永村